19 会いたくない顔

汚部屋の主は幼馴染で御曹司

わたし達の前には次々と人が現れた。

名のある企業の社長、役員、海外企業の役員、外国大使・公使まで。

中にはアラブの国の王族までいた。

壮ちゃんは彼らと挨拶を交わしつつ、南米の鉱山やアラブの石油といったビジネスの話まで及んでいた。

そういった人たちに壮ちゃんはわたしを秘書だと紹介した。

時折、話を向けられることもあったが、ビジネスの話題はニュース程度の知識で乗りきっていく。

若い女性をともなってきたときには、壮ちゃんはやたらと密着度を高める。

「幼なじみで、秘書をやってもらってるんですよ」

そう強調するだけで、向こうは娘だの孫だのを紹介するのを諦める。

「ちょろいもんだな」

壮ちゃんは楽し気になって言う。

だけどこっちはそれどころじゃない。笑顔は引きつるし、やたらと距離は近いし。

(あぁ…もう、心臓が持たないよ)

そうしているうちに、わたし達の前に現れたのは、グレイヘアを七三のオールバックに分けた男性。

これとはっきり分かるブランドのスーツにギラギラと装飾の多い時計を着けている。

水沢取締役だ。

勤めていた会社の取締役。

他でもない穂香の父親だ。

「宮野さんお久しぶりですな」

「水沢さんもお元気そうで」

2人、知り合いだったのか…

流通業界最大手のMIYANOだ。そりゃあ取引もあるから、もちろん取締役クラスで交流があるのは不思議ではない。

わたしも会釈をしたが、目を合わせるのをついためらってしまう。

水沢取締役がわたしの方を見た。

何度顔を合わせたことはある。直接話したことはないんだけど、何も言わないわけにはいかないか…?

わたしはちょっと逡巡した。

「秘書の方ですか?ええと。どこかでお会いしましたかな」

「あ…夏まで古城食品の営業一課におりました、笹森日奈です」

「営業一課…」

「え、ええ。アシスタントをしておりました。」

穂香の名前を出さないといけないのかもしれない。だが、その名前は出てこなかった。

「私の幼なじみでして。仕事を手伝ってもらっているんですよ」

壮ちゃんはにっこりと微笑む。そしてわたしの手をくいと引いて身体を引き寄せた。

「なるほど…そうですか。いやぁ失礼。こんな綺麗なお嬢さんがわが社にいたとは知りませんでした。」

水沢取締役は何かを察したような表情だ。

これは匂わせるのが正解なの?

誤解されない方がいいの?

わたしは頭の中がぐちゃぐちゃになった。

「そうか。うちを辞めてMIYANOに転職したのか。そりゃあ良い転職をしたね。営業一課と言ったね。じゃあ、あの子たちとも久しぶりかな。あ、おい、ちょっとこっちに来なさい」

水沢取締役は後ろを振り返りながら誰かを呼び寄せる。

視線を水沢取締役の斜め後ろにやった。

そこには、

二度と見たくなかった顔が2つ。

うそ…なんで……。

そこにいたのは、パーティースーツに身をつつんだ渉。

あのスーツは前にわたしがデパートで見繕ったやつだ。

そして鮮やかなピンク色のキャミソールドレスを着た穂香。

目が覚めるほどの華やかさだ。

2人はわたしを見て目を見開き、口をぽかりと開けている。

「宮野さん、これはうちの営業のエースの倉持です。倉持、ご挨拶を」

「はじめまして…。営業一課の倉持渉です。」

渉は、水沢取締役にうながされて営業の顔になり、壮ちゃんに名刺を差し出した。

「うちの冷食事業でいつも御社にお世話になっております」

「あぁ…そうなんですね。倉持さんですね。宮野です。」

壮ちゃんも挨拶を返す。

「倉持くん、宮野さんの秘書の笹森さんは前にうちの営業にいたそうだよ。知ってるんだろ?」

水沢取締役はあっけらかんとした言い方をする。

この人は何も知らないのだろうか。

そこにいるあなたの娘がしでかしたことを。

にこやかに笑顔を向ける水沢取締役とは対照的に、渉は営業用の笑顔を作ってわたしの目を見つめた。

「笹森さん、お久しぶりです。まさかこんなところで会うとは…。お元気でしたか?」

にこやかに笑みを作ってはいるが、目がまったく笑っていない。

なんでお前がこんなところにいるんだ?しかもMIYANOの御曹司のそばに?

とでも思っているんだろう。

もう逃げ出したくてたまらない。

どう振舞うのが正解かもわからない。

ただ、渉とは話もしたくない。

「ええ」

とだけ答えた。

「倉持は、うちの娘と結婚することが決まっていましてね。娘の穂香です。以前は広報にいたんだけど、今は営業にいてね…ん?笹森さんとは時期が被っていないのかな…?」

結婚…

本気だったんだ。

あれだけ泣いたのに、今は何の感情も沸いてこない。

ただ、もう関わりたくない。それだけだ。

穂香はにっこりと、とびきりの笑顔を作り、上目遣いに壮ちゃんを見つめる。

そして甘ったるい声で話し始めた。

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