わたし達の前には次々と人が現れた。
名のある企業の社長、役員、海外企業の役員、外国大使・公使まで。
中にはアラブの国の王族までいた。
壮ちゃんは彼らと挨拶を交わしつつ、南米の鉱山やアラブの石油といったビジネスの話まで及んでいた。
そういった人たちに壮ちゃんはわたしを秘書だと紹介した。
時折、話を向けられることもあったが、ビジネスの話題はニュース程度の知識で乗りきっていく。
若い女性をともなってきたときには、壮ちゃんはやたらと密着度を高める。
「幼なじみで、秘書をやってもらってるんですよ」
そう強調するだけで、向こうは娘だの孫だのを紹介するのを諦める。
「ちょろいもんだな」
壮ちゃんは楽し気になって言う。
だけどこっちはそれどころじゃない。笑顔は引きつるし、やたらと距離は近いし。
(あぁ…もう、心臓が持たないよ)
そうしているうちに、わたし達の前に現れたのは、グレイヘアを七三のオールバックに分けた男性。
これとはっきり分かるブランドのスーツにギラギラと装飾の多い時計を着けている。
水沢取締役だ。
勤めていた会社の取締役。
他でもない穂香の父親だ。
「宮野さんお久しぶりですな」
「水沢さんもお元気そうで」
2人、知り合いだったのか…
流通業界最大手のMIYANOだ。そりゃあ取引もあるから、もちろん取締役クラスで交流があるのは不思議ではない。
わたしも会釈をしたが、目を合わせるのをついためらってしまう。
水沢取締役がわたしの方を見た。
何度顔を合わせたことはある。直接話したことはないんだけど、何も言わないわけにはいかないか…?
わたしはちょっと逡巡した。
「秘書の方ですか?ええと。どこかでお会いしましたかな」
「あ…夏まで古城食品の営業一課におりました、笹森日奈です」
「営業一課…」
「え、ええ。アシスタントをしておりました。」
穂香の名前を出さないといけないのかもしれない。だが、その名前は出てこなかった。
「私の幼なじみでして。仕事を手伝ってもらっているんですよ」
壮ちゃんはにっこりと微笑む。そしてわたしの手をくいと引いて身体を引き寄せた。
「なるほど…そうですか。いやぁ失礼。こんな綺麗なお嬢さんがわが社にいたとは知りませんでした。」
水沢取締役は何かを察したような表情だ。
これは匂わせるのが正解なの?
誤解されない方がいいの?
わたしは頭の中がぐちゃぐちゃになった。
「そうか。うちを辞めてMIYANOに転職したのか。そりゃあ良い転職をしたね。営業一課と言ったね。じゃあ、あの子たちとも久しぶりかな。あ、おい、ちょっとこっちに来なさい」
水沢取締役は後ろを振り返りながら誰かを呼び寄せる。
視線を水沢取締役の斜め後ろにやった。
そこには、
二度と見たくなかった顔が2つ。
うそ…なんで……。
そこにいたのは、パーティースーツに身をつつんだ渉。
あのスーツは前にわたしがデパートで見繕ったやつだ。
そして鮮やかなピンク色のキャミソールドレスを着た穂香。
目が覚めるほどの華やかさだ。
2人はわたしを見て目を見開き、口をぽかりと開けている。
「宮野さん、これはうちの営業のエースの倉持です。倉持、ご挨拶を」
「はじめまして…。営業一課の倉持渉です。」
渉は、水沢取締役にうながされて営業の顔になり、壮ちゃんに名刺を差し出した。
「うちの冷食事業でいつも御社にお世話になっております」
「あぁ…そうなんですね。倉持さんですね。宮野です。」
壮ちゃんも挨拶を返す。
「倉持くん、宮野さんの秘書の笹森さんは前にうちの営業にいたそうだよ。知ってるんだろ?」
水沢取締役はあっけらかんとした言い方をする。
この人は何も知らないのだろうか。
そこにいるあなたの娘がしでかしたことを。
にこやかに笑顔を向ける水沢取締役とは対照的に、渉は営業用の笑顔を作ってわたしの目を見つめた。
「笹森さん、お久しぶりです。まさかこんなところで会うとは…。お元気でしたか?」
にこやかに笑みを作ってはいるが、目がまったく笑っていない。
なんでお前がこんなところにいるんだ?しかもMIYANOの御曹司のそばに?
とでも思っているんだろう。
もう逃げ出したくてたまらない。
どう振舞うのが正解かもわからない。
ただ、渉とは話もしたくない。
「ええ」
とだけ答えた。
「倉持は、うちの娘と結婚することが決まっていましてね。娘の穂香です。以前は広報にいたんだけど、今は営業にいてね…ん?笹森さんとは時期が被っていないのかな…?」
結婚…
本気だったんだ。
あれだけ泣いたのに、今は何の感情も沸いてこない。
ただ、もう関わりたくない。それだけだ。
穂香はにっこりと、とびきりの笑顔を作り、上目遣いに壮ちゃんを見つめる。
そして甘ったるい声で話し始めた。
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