車はホテルを出てしばらく走ると首都高へ入っていった。
壮ちゃんは何も言わず、じっと黙っている。
わたしは何を話していいのか分からず、気まずい空気の重さにじっと耐えていた。
押し黙っているとそのうちにだんだんと瞼の上が重たくなってくる。
ずっと気を張っていたからだろうか。
なんとか眠りこけないように車窓の景色に視線をやってみるが、煌びやかな高層マンションの風景が目に与える刺激は、車内の適度な温度と、走行の振動には勝てない。
頭ががくんと落ちたはずみに、はっと目を覚ます。
「疲れたんだろ。寝てていいぞ?」
「ん…だいじょうぶ…」
口でそう言ったもののろれつが回っていない。
瞼がまた重たくなってくる。
寝ちゃダメ……
「……子、……ピヨ子、着いたぞ」
どこか遠くから壮ちゃんの声がする。
身体をゆすられる感覚に、やっとのことで目を開けると、
目の前に壮ちゃんの美麗な顔面があった。
「わ、わぁっ」
あまりに至近距離で覗き込まれていたものだから、わたしは思わず声を上げてのけぞった。
ゴンッ
反動で車の窓に後頭部をぶつけた。
「いったぁ…」
顔をしかめて後頭部を押さえる。
「何やってんだ」
ぼんやりした頭でなんとか状況を把握する。
「えっと、あ…寝ちゃってた…みたい」
「そうだな。それより頭、見せてみろ」
「へ?」
壮ちゃんはわたしの後頭部を手でなぞる。
大きくて温かく、包み込むような手。
心臓がドキリと跳ねた。
「だ、だいじょうぶだって」
「ん、たんこぶにはなってないみたいだな」
壮ちゃんはそう言うとわたしの顔を見て、クスリと微笑んだ。
「着いたぞ。下りられるか?」
「あ、うん…」
壮ちゃんは車外にいる堤さんに目配せすると、堤さんは後部座席の扉を開いた。
壮ちゃんが降りた後に続いて、私も車から降りる。
両脚を地面について立ち上がろうとしたその瞬間、ヒールが重心を失った。
視界がぐにゃりと歪む。
「あ…」
短く声が出た。
倒れてしまう…
そう認識したもののわたしの身体は倒れ込むことなく支えられていた。
「大丈夫か?」
左腕を取られ、壮ちゃんの右腕はわたしの右腕を掴んでいた。
身体を包み込まれるような形になってしまった。
心配そうに顔を覗き込まれ、至近距離に壮ちゃんの顔があってわたしの心臓はドキドキと音を立てている。
視線のやり場がわからずおどおどしてしまう。
「だ、だいじょうぶだって」
壮ちゃんの身体を左手で押しのける。
不意に顔をのぞきこまれたせいで心拍数が上がってしまったみたいだ。
顔まで熱くなってきたような気がする。
ただよろけたのを支えてくれただけ。
わたしじゃなくても同じように振舞っただろう。
どうってことない、何の意味もない行動だ。
だけどわたしの胸の奥がきゅっと締め付けられるのを感じた。
「行くぞ」
壮ちゃんがわたしに声をかけた。
連れてこられたのは、白い洋館のような建物。
邸宅かと思ったが、どうやらレストランらしい。
重厚な扉が開いて、スーツ姿の従業員が奥へと案内してくれた。
上品な佇まいの年配のご夫婦がワイングラスを傾けていたり、恰幅のいい外国人紳士が料理に舌鼓を打っている。
隅では弦楽器の生演奏が行われていて、優雅な雰囲気が漂っている。
個室のテーブル席に案内され、椅子に腰をかける。
所在なく視線を動かすと、壮ちゃんが座りながら声をかけた。
「何も食べてないだろ?好きなものを頼むといい」
そう言ってメニューを手渡してくれた。
ああ、そうか。緊張が続いたからお腹が減ってることに気づかなかった……。
「ん…。ありがと」
連れ出された理由が分かってわたしはほっとした。
「壮ちゃんは?何か食べるでしょ?」
渡されたメニューを開く。
「ワインと…チーズと…」
食事に頓着しないというのは本当らしく、メニューを見る素振りもない。
「ちゃんとしたもの食べなきゃダメだよ」
そう言ったわたしの顔を見ると壮ちゃんはフッと笑った。
「そうだな……。ここはタンシチューがうまい」
「タンシチュー?…いいね。あたしもそれにする」
仕事をしていてしかも独り暮らしでは時間がかかるから滅多に作らない料理だ。
渉にも作ったことはなかったな。
ケールのサラダと、ミックスハーブのパスタを選ぶ。
壮ちゃんはワインリストから手早くワインを選んで、給仕に伝える。
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